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仕事をなめるな
仕事をなめていませんか?
「仕事をする」とはどういうことでしょうか?
たまに、時間がただ過ぎるのを待っている人がいます。与えられたこともろくにできずに、ミスがあっても時間がたてば、誰かがしてくれるだろう・・・と勝手に思っている人。周りにいませんか?給料泥棒!と思われても仕方がないですよね。
皆さんの給料は、どこからでているのでしょうか?常識ですが、通常自分の給料分の最低3倍〜の経費がかかっていることを知らないのでしょうか?
たまに、時間だけ費やして一向に結果が伴わない人がいます。時間をあれだけ使っていても、何も残らないのはどうしてでしょうか?無能とした言いようがないのでは???
とにかく、結果や成果を持ってきなさい。その場に立ち止まらずに、その先の展開を探りなさい。
結果があれば、とやかく言われることはないのです。
結果が無ければ、努力しなさい。
とにかく、仕事は厳しくて当たり前。なぜなら、仕事をしてお金をもらうのだから。
ボランティアなら、いくらでも結構ですが。
厳しいのが嫌、私は無責任ですという人は、ハッキリ言って、仕事をするのは無理なのです。
仕事をするからには、自分の言動、行動に責任を持っていただきたいものです。
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言葉
人とのコミュニケーションの手段として、言葉を使います。話し言葉であったり、文章であったりと・・・コミュニケーションの手段としては、非常に重要な要素です。
実は、言葉でのコミュニケーションが、容易ではないのです。
話している言葉や書いている文章の意味が理解できない人が非常に多いのです。
言葉が理解できないということは、コミュニケーションがとりにくいということに他なりません。
一体、どうして起こるのでしょうか?
原因の一つは、以前にも書きましたが、活字を読まないことがあげられます。
そして、活字から学ぶ、事例や、ボキャブラリー(語彙)が少ないからなのです。
人それぞれ持っている言葉は異なりますが、それが余りにも違いすぎると、コミュニケーションの阻害になってしまいます。
さらに、そういう人は、言われたこと、読んだ文章を理解したつもりになっているのですが、実は、ぜんぜん理解していないことが多く、結果をみたときにがっかりしてしまうことも少なくありません。
長い文章が読み取れない
伝えたいことを要約できない
一度にたくさんの言葉を理解できない
言葉を文章にできない
一つでもあてはまることがありましたら、言葉をもう少し学び、コミュニケーションを円滑に運ぶための努力をしてください。
先にも書きましたが、言葉は、コミュニケーションの重要な要素です。コミュニケーションは人と人を繋げる手段です。できる限り、コミュニケーションをスムーズにしていきたいものです。
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許せません
面接時は、多少なりやる気らしさを見せてくれる方が多いのは良いことだとは思うのですが・・・・・
「頑張ります」「一生懸命努力します」「足りない知識は、勉強しながら補います」「何事にもチャレンジします」などの名台詞が数限りなくあります。
確かに面接時では、多少なり必要なブラフなのでしょうが、私たちが受け取る「一生懸命」「頑張る」などの言葉の意味が、全く違うのかしらと思ってしまうことも多々あります。
とにかく、不言実行とまでは行かないまでも、最低限、自分自身にプライドがあるならば「有言実行」をしていただきたい。
仮に時間がかかろうとも、どれだけ辛かろうとも、それは自分自身に課せられた使命とでも受け止めて、前に進むしかないと思うのですが、これがまた違うのです。
責任感がない。(仕事を途中で放り出す人・・・いきなり仕事を休んだり、やめたりするような人。こんなはずじゃぁなかったのですが・・・と必ず言う。)
努力をしない。(努力していると勘違が物凄い。自分ばっかり・・・と常に悲劇の主人公。)
自分の非を認めない。(非を認めないのは、自分が悪いと微塵にも思っていないから性質が悪い。)
口と行動が伴わない。(口ばっかり。口先だけで生きている)
仕事で泣く。(男女問わず。悪いと思っているのならまだしも、プライドだけが高く、プライドを傷つけられたことで泣いている。)
仕事を選ぶ。(経験も知識もないにも関わらず、仕事を選ぶ。何様なんだろう?)
言い訳ばっかり。(まともな言い訳が全くない。その言い訳を考える時間を仕事に回して欲しいとさえ思う。)
資格ばか。(経験のない資格者。資格は大事だが、経験はもっと大事。資格があるからと言って鼻高々になるとヤバイ。)
しゃべらない。(話が出来ない人は、コミュニケーションが誰とも取れない。話せないし、話も聴けない。仕事にならない。)
権利主義者。(権利ばかり主張するが、自分の義務感は全く存在しない。都合の良い解釈は天下一品。)
許せる範囲を超えています。
もしかして、皆さんにも当てはまる項目がありませんか?
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応用力
「応用力」って一体、なんだろう?
知識を組み合わせて使いこなす力と言えるでしょうか。
別に難しいことはありません。単に、もう少し考えて、試してみよう!ということなのです。
ただ、やみくもに、分からないことを考え続けても時間の無駄。分からなければ、角度を変えて考えてみる。固定概念を取っ払い、頭を真っ白にして考えてみる。相手の気持ちを考えて見る。そのシチュエーションを想像してみる。そういうことだと思うのです。
物事を考えるとき、私も含めて、どうしても主観的側面で捉えがちになります。ただ、一歩下がり距離を置いて物事の側面をみたときには、実は今まで見ていた物事の側面はほんの一部であることに気づくはずです。例えば、鉛筆一つとっても、上から見たとき、下から見たとき、横から見たとき、それぞれの側面をもちます。そしてその側面は全て異なっているはずです。ですが、それはやはり鉛筆なのです。
なかなか一歩下がって物事を見ると言うことは難しいかもしれませんが、考えが煮詰まったときに、深呼吸でもしていったん仕切りなおしをして見ましょう。
案外と物事のいろんな面が見えてくるかもしれません。
いろんな事が見えたら、それらの情報を分析し、その先に何があるのかを探して見ます。
今があるから先があるのではなく、先があるために今があるのです。その先にどのような事が待ち受けているか想像し、その先の結果をよりよい結果に導く手段として今、何をすればよいかを探して見ましょう。
そして、何をすればよいかが見つかれば、あとはその手段(方法)を見つけるだけなのです。
その手段のなかに、応用力を発揮するのです。今まで培った経験やスキルをミックスさせ、形にしていきます。
「できない」と決め付ける前に、できる手段を探していきましょう。
「経験がないから、スキルがないからできない」と言う前に、今あるスキルや経験則をどのように工夫すればよいだろうかを考えて見ましょう。
実は、そこら中にヒントが転がっているかもしれませんよ。
人は、考える力が備わっています。ですから、もう少しだけ考えてみましょう!!
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あきらめが早い
若年層に限らないかもしれませんが、あきらめが早い人が多い気がします。
ほんの少し頑張れば、出来るにもかかわらず、自分にはできないと勝手に決めつけ、あきらめてしまう。
「もう少し頑張ればできるよ」と励ましても、あきらめた後は、見向きもしない状態。(潔いと言うべきなのか????)
これは、私だけが感じていたことではないらしい。
手を伸ばして届く範囲のことはできるし、自分自身で目に見えることは、できるしやれる。でも、これが一歩動かないと手に届かないことは、もう先が見えないために、動こうともしないし、やろうともしない。勝手にできないと思い込んでいるのです。
最近の傾向・・・という言葉では済ませられないような気がします。
学校教育に問題があるのか?家庭内教育に問題があるのか?それとも経済成長が低迷していることが問題なのか?
不景気が続き、リストラや失業率の増大等、先行き不透明な時代、その中で、頑張ってもそれが何になるのか?が見えてこないという目に見えない力がうごめいているのかも知れません。
高度成長期は、頑張った分だけ自分に跳ね返ってきた。その見返りがやはり人のやる気を増大させていったのも事実だと思う。
だけれども、不景気だと言っても、すべてが不景気ではない。不景気だからこそ景気の良い話もあるはずです。
やはり、”夢”を持ち、あきらめずに頑張っていきたいものです。
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